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わたしたちが住んでいる明和町はどんなところ? 町の歴史や産業・行政の紹介だよ。 |
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明和町の「明」の字は日と月からできています。この日と月の輝く空のように高く丸く、そして、発展と向上するようにとの意味があります。 |
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6月のはじめごろに、紫色の美しい花が咲きます。よく見かけるハナショウブの原種(げんしゅ)の花で、「どんど花」と呼ばれます。 |
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明和町で古くから育てられている木です。いつも緑の葉が生(お)い茂(しげ)り、防災(ぼうさい)・防風(ぼうふう)のための生け垣や庭の木として、いろいろな所で見ることができます。 |
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町の歴史 明和町は、たいへん古い町です。町のあちこちから多くの遺跡(いせき)や古墳(こふん)などが見つかっており、その結果、7世紀ごろには、斎宮(さいくう)と呼ばれる大きな都市(とし)ができていたことがわかりました。 また、お伊勢参りへの道である伊勢街道(いせかいどう)が町の南を通っていたため、江戸時代には多くの旅人たちでにぎわい、宿場町(しゅくばまち)として栄えました。 明治時代に入ると市町村制(しちょうそんせい)が実施(じっし)され、大淀村・下御糸村・上御糸村・斎宮村・明星村ができました。昭和30年には大淀町・下御糸村・上御糸村が合併(がっぺい)して三和町に、斎宮村と明星村が合併して斎明村になりました。その3年後の昭和33年に、三和町と斎明村が合併し、現在の明和町が生まれたのです。 |